春日野の若紫のすりごろもしのぶの乱れかぎりしられず

 ずいぶん前にコメントを頂いていて、そのままにしてある。たいへん、身勝手で、申し訳ないことであるが、ずっと、考えていた。ご指摘は以下の文である。

 伊勢物語の<春日野の若紫のすりごろもしのぶの乱れかぎりしられず>の歌につきまして、
 「その男、しのぶ摺の狩衣をなむ着たりける。」より、この歌にある「すりごろも」は「しのぶもぢずり」とは関係有りません。
 またこの歌から判りますように、「乱れ」は「しのぶ」の縁語で、「摺り」「摺り染め」の縁語ではありません。つまり「乱れ」は布地の染色方法と関係ありません。

 拙ブロ:しのぶもぢずり(信夫文知摺)(06年5月8日付)に対するものである。

 少し整理すると、

1.
 「すりごろも」は「花や草、色土などの顔料を摺りつけて模様を染めた衣服(新明解 古語辞典)」で良いのであろうか。また、その素材は春日野の若紫で良いのであろうか。
2.
 以上が『春日野の若紫のすりごろも』の部分で良いのであろうか。また、この「すりごろも」を「しのぶもぢずり」とするのは誤っているのであろうか。
3.
 そして、以降『しのぶの乱れかぎりしられず』と一旦分けてしまって良いのであろうか。

 この3点について、良くも悪くもあぐねていた。

 この歌の解釈については、わたくしがすることではない(できない)。以下に引用させていただく。

A.ようこそ 伊勢物語ワールドへ
 (春日野の若紫で摺った摺り衣の信夫摺りの乱れ模様はこれ以上ないくらいです
……春日野の若いお二人を見て、私は忍んでも心の乱れがこれ以上ないくらいです

B.伊勢物語の部屋
 春日野の若い紫草のようなあなた方の姿を垣間見て私の心は,信夫摺の狩衣の模様のように,限りなく乱れています。

C.nhk高校講座 古典 伊勢物語(1)〜初冠〜

 春日野に咲く若々しくみずみずしい紫草のように美しいあなたがたを目にして、私の心は、紫草で染めたしのぶずりの乱れ模様のように、かぎりもなく激しく思い乱れております。

 素直に下せばAの下線部となるのであろうか。ただ、忍ぶ(=信夫)の要素がやはり抜けていない。BとCは信夫摺(=しのぶもぢずり)という解釈が明らかにされている(それぞれ下線部分)。ご指摘は、このBとCに対することなのであろう。ややこしいが、わたくしのあぐね3にある前(「すりごろも」まで)と後(「しのぶ」から)をはっきり割っておけば、「乱れ」は「しのぶ」の縁語で、「摺り」「摺り染め」とは結ぶつきはないということがはっきりする。

 ただ、この歌は、以下の歌がないと存在価値が乏しくなる。

 『みちのくの 忍もぢずり誰ゆえに みだれそめにし われならなくに』

 (陸奥で織られる「しのぶもじずり」の摺り衣の模様のように、乱れる私の心。いったい誰のせいでしょう。私のせいではないのに(あなたのせいですよ)/古今集という歌だそうである。(現代語訳については、拙ブロ記述時に使用したものであるが、引用先が不明のため、コッチをあらためて参照・確認した⇒陸奥の乱れ染めのように、私の心が乱れてしまったのは誰のせいでしょう?私のせいではなく、貴方のせいですよ。/月浪漫〜誰でもわかる百人一首陸奥の忍ぶもじずりの乱れ模様。その模様のように私の心が乱れるのは、だれのせいなのでしょう。私のせいではないのに。それは、ほかならぬあなたのせいなのですよ/nhk高校講座 古典 伊勢物語(1)〜初冠〜※前記と同じ)

 この歌の「忍もぢずり」が標題の歌に掛かっている、縁があると考えている。

 まだ、妄想の段階ではあるが、文知摺石(もぢずりのいし)を観にうかがおうかとも。

 なお、前回、関西大学電子展示室「伊勢物語(慶長刊版)を引用させていただいたが、リンク切れで、あらためて調べてみると、こちらの方で見ることができる。

 本日より背景色(♯adff2f)を変えた。何かあったわけではなく、これもまた、以前からあぐねていたことである。

 通りすがりさん、コメントありがとうございます。