大阪天満宮

 「犬も歩けば棒にあたる」とは『何事も順調に進むものではない』の譬えから転じて、『何事も挑(やっ)てみなければ進まない』となったらしい。いつの間にかネガティブ⇒ポジティブに変わっている。わたくしなど古いうえに堕落しない人間は前者のことしか知らなかった。少しが長くなるが手許の「暮らしの中のことわざ辞典」(折井英治氏編、集英社)を引く。
 《もともとの意味はイヌもそこらを出歩くと、ひょっとすると人のために棒で撲られたりするかもしれぬというところから、じっとしておればなんでもないのに、なまじっか何かしたり、でしゃばったりするから災いに遭うのだというのであるが、この頃ではこれとは反対に、じっとしていないで、何かやれば思いのほかの幸せにぶつかることもあるという意味に使っている。(略)》とある。同書は1962(昭和37)年第一刷とあるから後者としての使われ方もかなり以前からということになる。歩く足には棒当たる(泥がつく)とも謂う。
 以前、8万社ある神社のうち1万社は天神様だと記した。(湯島神社、浮き足記09年9月21日付)歩く足も天神様に当たるはそのとおりで、宿を出て、目的の橋をめざす道すがらで思い切りぶつかった。大阪天満宮である。扇町通りを東に向かい、途中、阪神高速の下を南に向かって歩きながら曽根崎通りへと。大阪市営地下鉄南森町駅(東西に谷町線、南北の堺筋線)の手前に末広町の町標を見つけて、うろうろしていた。拙ブロ(八・・・末広町09年9月23日付)で末広町が気になっていて、そのことは新潟で一応充たしたが(いずれ記す)、大阪市北区末広町の方には丁(目)はなく、番も1〜3までであったので、もやもやを募らせていた。と、向こうにアーケード街を見つけた。今朝から飲み残しのペットボトル紅茶以外何も口に入れていなかったのでこの天神橋筋商店街の喫茶店でカフェオレを頼み、最初の補給休憩を摂る。小一時間ほど呆けていると時計は正午を過ぎており、外に出ると、昼食を求めて付近に勤めていらっしゃる方たちが好き好きにお店を択んで潜っていくので、わたくしもと、おそらく今が粉モンを食べる唯一の時間であろうと、角にあった看板に釣られてお店へと。焼きそば定食である。同じ値段でお好み焼きもあったが、腹具合は前者のような気がした。カウンターの鉄板にもっとも近い場所に座ったため体温度が上がってビールでもと思ったが我慢した。よほど「熱い」とあってせっせと焼いているおねぇさんは首にタオルを巻いて頑張っているし、今呑めば、この先のことがすべて無になる可能性もある。ご飯を半盛りにしていただいて、何とか平らげた。ごちそうさまで、再び外に出て、先をめざすが、通りのあちらこちらに喫茶店があることに気づく。10歩に1軒の程度で、後ほど調べると確かに多い気もする。(喫茶・軽食のお店天神橋筋商店街サイトより)
 犬も歩けばの類である。
 さて、天神様はことのほか賑わっていた。隣地に「天満天神繁盛亭」という小屋があって、文字どおり繁盛している様子で昼席をお待ちの方が数十人いらして、それと合わせて参拝客も多い。三大天神というと大宰府(福岡)、北野(京都)、防府(山口)らしいが、時と場合によって大阪が滑り込むこともある。まぁ、それぐらい地位の高い天神様であるということで、実際、人といい規模といい昨日お邪魔した綱敷天様とは較べようがない。もちろん、だからといって、どちらがということではない。

[御神輿蔵]

 天神祭りは夏盛りの7月下旬に行なわれる。ここに納められている御神輿はしばらくご休憩。

大阪天神御輿蔵画像0029

[人知れず刻石]

 境外(正確に記せば東門?の脇)で見つけた。しっかりと置かれているわけでもなく、ぼさっと置かれているという感じでもって、なんだか不安であるし、謎がいっぱいである。

誰がおいたか天神石画像0030

 天満の天神さん(大阪天満宮の愛称)にいらっしゃるお牛様はとずいぶん探した。ゐらした。境内の隅っこに菅公が京から西遷されるまでのジオラマ風展示室があって、勉強させていただいた。

[お牛様]

大阪天神探した牛さん画像0039

 天天さんの「散索」はさらに続く。