ドック還り〜BACK to DOCK

 診断結果(速報)は前回までの記録と並べられているから、肝機能が低下していることはすぐ分かる。
休肝日は設けていますか」との問いに、「特定日はありません」と毎日呑んでいることを否定しなかった。週二日はそうしましょうと、呑むこと自体を否定はされなかった。
 もともと胃は強くないが、先生(診断医)が面白いことを仰言った。
「新品で買った絨緞の毛氈が剥がれてカーペットになった状態ですよ」
 胃壁を覆う粘膜が磨耗して、刺戟を受けやすくなっているらしい。だから、お酒を控えましょうというのが宗旨である。

 以前から気になっていたタオルの裏表と通じることで、フツウ模様が施されている方でなく、無地の側で身体を拭くものと思っている。ただ、諸説あって、いまだに正解がみつかっていない。
 ⇒拙ブロ:手オル と タ(ta)拭い(05年5月23日付)
 毛布もそうで、柄(模様)入りの面を外気に晒しているように思うが、それが正解という確信はない。衣服もそうである。やはり意匠されている面を露出させる。(和服や学ランの裏地はまた別の世界)表より裏面の方がより実用的な機能を担っており、オモテはある意味「飾り」「見かけ」に過ぎない。わたくしどもそうで、露出している表面が綺麗にみえても裏(内)側は分からない、むしろタオルや毛布や衣服の心地よさと同じで、裏(内)側が大切なのであろう。ただし、見ることができない、ついついオモテに騙されてしまうことの方が多い。
 1年に1回だけのことだが、自分の裏(内)側を視ていただくことで、オモテに惑わされないようにと、そんなことを胃カメラを呑みながら想っていた。

 帰り途、白壁の蔵を検めてみた。鳥居がみえて覘こうと思ったが、已めた、どうやら、個人のお宅のようで、表札があった。裏側には蕎麦屋さんもあったが、関係の有無は分からない。尋ねようにも休業日で、術がない。もっとも先ほどまで咽喉に長細いソバ状の管を通していたこともあるのだろうか、開いていたとしてもソバを喰む気にはならなかっただろう。帰りの列車を待つ間、やはり年一のカフェによって、今日初めてのコーヒーを啜りながら、年終・年初の混雑を避けて訪ねてくる湯治客の緩(ゆ)っくりとした足どりを眺めていた。(1・5記)