首都圏デビュー

 三週、そして一週明けて、四度、ハマに降りた。いずれも、みなとみらい21近辺であり、最終的には中華街である。四回ともに山下公園をぶらぷらし、初回はインド水塔、二度目には改装なったマリンタワー、三回目(6月5日)は雨の中、象の鼻を(2日に公園完成)。そして、今回は氷川丸の中をと想っていたが、中には入っていないというか、うっかりしていた。お休みであった。ここはわたくしにとって、首都圏入り(デビュー)の場所である。中学校時の修学旅行であって、したがって、三百数十人の同級生らもほぼ同じようにデビューをしていることになる。それ以前に東京へ行ったというようなハイカラな話を聞いたことがないし、皆、そのような暮らしぶりではなかった。
 一泊目は天下の嶮を越えた箱根(ココも一応、首都圏)であって、翌朝、次泊の東京へ向けて、バスに乗り、連れていかれたのが氷川丸であった。確か、同船内でカレーライスを昼食として頂いたと頭の中にある。また、頂いたというは誉め過ぎで、なぜ、折角の修学旅行なのに(キャンプではないよ)、カレーかという疑問を抱きながら食した想いが残っている。果たして、それが本当なのかどうなのかが分からない。
 そこで、よそ様のサイトを色々と調べてみると、改装前には食堂があって、カレーライスも供されていたようであると判った。そして、福神漬けを初めて添えたのは氷川丸を有する日本郵船が運航していた客船上であったともある(同社サイトより)。
 だからであろうか、わたくしは福神漬けが苦手なのである、船上のカレーに良い気もちをもつはずがない。
 ただし、食べたというのは、記憶のウソ(憶え間違い)の領域のことなのかもしれない。
 余計なことであるが、海軍とカレーというのは肉じゃがとよりもなんだかシックリとくる。
 三度目となるお店にしばらく滞っていた。四度目では、と思われるだろうが、前回は16時過ぎに伺うと、まだ休憩中で店内は真っ暗(もともと照明の暗いお店だけれど)、向かいのお店を潜(くぐ)って、
 「まだ、アチラは営(や)っていないですね」と尋ねると、
 「あら、おかしいわね」と、まあ、同じだからと、そちらへお邪魔した。
 初めて(今、閉まっているお店に)伺った際に、向かいのお店の方と制服(エプロン柄)が一緒で、また、互いの従業員の方が二店を行き来していたので、尋くと、「はい、こちら(初回にゐたお店)が15年目、向こう(三度目に伺った方)は10年目です」と知っていたので、どちらでも同じという気もちがあった。ただ、造りは若干異なっている。
 こちら(ややこしいので本店とするが、お店の名前はなぜだか異なっている)は、小さな空間全体が暗い灯りの中にある。さらに闇の度合いが深い奥壁際の席で、チンタオビールを頼み、焼きビーフンが初めての注文料理であった。予想はしていたものの、やはり量がとてつもなく多い。もう、夕餉はこれだけで十分であったにもかかわらず、春巻を頼んでしまった。これはひとつ食べてみて旨いしいと思ったので、残りは持ち帰りさせていただいた。
 二度目は、腸詰と春巻、少し食べて、残りを持ち帰る。そして、三度目(支店)はサンラータン(酸辣湯)を頼むが、最初に大きさを確認し、「半分にしようか」とお店の方に奨められて、でてきたのはラーメンの器ほどの大きさである。もう、ごめんなさいの量である。この酸っぱ辣(から)いスープ(湯)は昨年の初秋以来である。(拙ブロ;本牧「北方」町;08年9月5日付)この際は適度な量であったと記憶しているが、今回は1/4ほど残してしまった。残念なことであるが、こればかりは持ち帰りができない(できないことはないが、その様を想うと侘びしい)。プラス、蒸し野菜餃子を。写真付きのメニューが壁にあり、3ケとあったので、頼み、蓬だろうか、鮮やかな「緑菜」色が餃皮に染みていて、更に深緑野菜を下敷きにした蒸篭でほっこりと仕上げている。顔(口、鼻付近)を近づけると、そして、頬張ると、草もち(団子)のような香りが峻と立つ。具も野菜がたくさんで、美味。ひそかに草餃子と呼んでいる。
 本日(6月15日)は所用を終えると、ランドマーク⇒コスモワールド⇒ワールドポーターズと歩き、いったん、万国橋を渡って陸(オカ)側へ。日本郵船の歴史博物館へと向かったけれどもこちらも月曜定休であることを忘れていた。横浜税関本関(クイーンの塔)の脇をから二たび象の鼻へ。

[左切れ端キングと右切れ端クイーン]

キング&クイーン

[象の鼻とハマのインタコ]

6月15日の象の鼻

 山下公園氷川丸)より中華街に向かう。途中、足を攣りながら、本店三度目は、16時をかなり回っていたので、OK。

 そのことは引き続き。