徒歩数帰路

 金曜日(4・14)に所用を終え、そのまま横浜に向った。その日は松影町にある出来たばかりのゲストハウスに泊り、「この1日に開業予定だったんですけれど、ご覧のとおり、いまだ工事中で、申し訳ないです」と急がしそうにしていたご主人および工事関係者の人たち。夜は近くの中華屋さんと呑み屋さんで過ごし、明日の予定もあることから早めに引き揚げた。翌朝はハウスから歩くことに決めていた。土曜日とあって買い物客で賑わう伊勢佐木町を漂い、松坂屋脇のカフェで一休み。迷いながら、紅葉ケ丘の方向を誰にも訊かずに自力で探し当て、競馬ファンで賑わう京急日ノ出町駅前を徐々に上っていく道を進んでいくと、ほどなく、旧神奈川奉行所跡である県立図書館などがある台の上にたどり着いた。ここからのランドマークタワーの異様な姿がいまだに不思議な像として、記憶の容量に残っている。桜木町駅際から吉田橋、馬車道などを経て、旧居留地へと、そして、帰路に。その距離は数キロ、わたくしとしては、よく歩いた一日である。ただし、本牧へはたどり着けなかった。春とはいえ、寒い日であったこともあり、遠慮したこともあるけれど、旅はゆっくりするのがよいのだろう、その日行けないのなら、その分、楽しみが残る。そう言い聞かせて、戻った。

…さくら花ちりかひくもれおいらくのこむといふなる道まがふがに…
 
 業平は老いていく自らの先(将来)を見たくないという理由から、散る花に道(未知)を埋めてくれるよう託したけれど、わたくしは、まだ、その心境には到らない、せめて、この先ある旅の楽しみを花でもって埋めておいてほしい程度のことである。