行商専用車両

 とうとう乗った京成高砂発9時23分、上り普通列車上野行き、京成電鉄の時刻表によれば、芝山千代田を7時46分に発っている。さらにみると、
列車名⇒普通
列車番号⇒738
連結車両⇒普通車自由席
備考⇒6両編成
とあり、
運転曜日⇒平日
ともある。しかし、標題の行商専用車両付きとは記していない。
 拙ブロ『毎日が、行商専用車』で書いたが、私が初めて気づいたのは京成高砂の駅ホームで電車待ちをしている時、上野方(面)からみると最後部に位置する場所で立っていて、ふと、柱を眺めて、その存在を知った。6両編成の最後部、つまり、私が初めて知った時に立っていた位置に、その車両は最後に滑り込んでくる。高砂から乗った、正確には乗ったとはいえない、乗り合わせたというのか、とにかく、行商の方しか乗れないのだから、わたくしもリュックを背負っていたけれど、その程度の重さではダメのようである。ホームに停車した専用車のドアには行商関係者以外立ち入り禁止を意味する紐がドアの中間の高さあたりに横渡ししてあり、その旨知らせる札がぶら下がっていて、(中に入れないので)窓越しにのぞくと、荷がイッコだけ確認できたが、人を探している間に発車時刻が来て、わたくしは前の車両(5両目)に「乗り合わせた」。6両目とは大きな風呂敷のような布で仕切られていて、時折連結部の下から吹きあげてくる風の力でもって、それが煽られて、一瞬時だけ様子をのぞける程度である。わざわざ、どうもぉ〜、と、手でもって暖簾を掻き分ける勇気はもともとわたくしにはない、居酒屋に入るようにはいかない。ずっと見ていると、向こうから、掻き分けて、コッチの車両に移ってくる「普通の乗客」が何人かいる、朝、少しだけ寝坊して、あわてたまんま、ぎりぎり、最後部車両に間に合って、それから、勤務地最寄駅と改札とのもっとも便利な車両へとさらに移るのだろうか。それとも、わたくしのように意気地がない人間と違って、一度、専用車に乗ってみようという気でもあったのか、忙しそうだったので、聞くわけにはいかない。同じ車両の付近の乗客の様子も、もう毎日のことだから、気にもしていない風で、キョロキョロ、ドキドキは、わたくしのほかには見当たらなかった。たった15分ばかりの乗り合わせであったが、日暮里駅で降りようとしたところ、向こうの車両から(車掌さんが)大風呂敷を取り外しにかかって、ついでに、ドアの札と紐も取られた、(乗ろうかな・・・)少しだけ逡巡したけれど、停車する際の電車の抗力にも押し戻されて、つつっと、つい隣に移動しそうになったので、そのまま、専用車に移って、降りることになった。これで、どうやら、乗り合わせたのではなく、乗ったのだろうという、まことに微塵渺砂の満足感でもって、その日は包まれていた。以前、谷中・日暮里には行くことがあり、駅周辺で行商人を見かけることも少なくなかった。どうやら、彼女たちの終着駅は日暮里のようで、上野までは足を運ばないのかもしれない、あるいは、乗り換えの便利なニッポリで、巣鴨にでも行くのかもしれないけれど、その日は、結局、イッコだけ見た荷の主さえ、分からずじまいであった。行商専用車の車両環境改善を求めてのゼネストだったのか、あるいは、皆、この冬の寒さにやられて、インフルエンザにでも罹ったのか、あれこれ、考えてみたが、さっぱりである・・・。後日、道を歩いていて、未だに残っている雪を見ながら、ああ、あの日は、今日よりももっと雪が残っていただろうし、何よりも、あの雪で農作物も思うように、行商に出張るほどの量が採れなかったのか、と、根拠のない一人合点をしていた。シツコイかもしれないけれど、今度は、おおぜいの行商婦人を乗せた6両目を見てみたいし、できれば、どうもぉ〜、と、してもみたい。

(上野方)←■■■■■□←行商専用車