ブルーモニュメント(那覇周辺訪問雑記)

 到着が遅れた影響で、羽田からの折り返しの便は1時間程度遅く那覇空港に着いた。そのおかげでもって、ブルーモーメントをみることができた。7月28日付「ブルーモーメント」で北に行けば行くほど「キレイに」見えると書いたが、それは事実ではなかった。那覇の青瞬はみごとに輝いていた。実は、今まで、何度も撮影に挑戦しているが、携帯を用いていること、そして、もともと、わたくしが撮っているのだから、うまくない。単なるしら(白)けた空だったり、よぶんな街の灯が入ったりであった。下は那覇で撮った携帯写真。みると、フツウの青空にしか見えない。よほど、腕が良くないのであろう。
那覇空港上空のブルーモーメント050818]
Pht0508181921.jpg

 那覇には所用で出かけたが、その後半を遊びにあてた。突然のことだから、何も用意はしていなかった。25年ぶりのことであるが、当時と今の違いは日本最南端の「駅」(赤嶺駅)ができたこと、そして、未曾有の沖縄ブームであること。確かに主な仕事先の銀座を歩いていても、沖縄あるいは琉球の文字が目立つ。何度か行ってみて、断られたこともある。どこも盛況のようである。那覇で海を見ることはたやすい。しかし、浜辺を探すのは難しい。事前に調べて、市内に唯一ある「波の上ビーチ」のことは知っていたので、出かけてみた。しかし、辻(地名)側に広がっているはずのビーチは工事中で、わずかに若狭(地名)付近にこじんまりと横たわっていて、しかも、前方には高架化された道路が無遠慮にあって、なんだか、味気ない。このまま、浜辺を見ずに去るのかとあきらめていたが、仕事先での、ここから慶良間(ケラマ)諸島が望めるという昼間の言葉が想いだされて、翌日、ホテルで島行きの連絡船を教えていただき、その場で予約を入れてみた。「もう高速船は満員です」と、でもフェリーは空いていますからという答えにホッとして、早速往復の分を確保した。那覇10時発、島11時過ぎ着、島16時発なので、わずか、3〜4時間の滞在であるが、それがなければ、どうせ、一日泡盛を呑んで過ごすのだから、浜辺を見に渡嘉敷島を訪ねることにした。偶然ではあるが、街のいくつも見かけた「山羊料理」看板が気になっていて、その日の夜(4時ごろ)、ネットの最初に出ていた店をのぞいた。その店主の方に明日トカシキへ行くと話したら、詳しく、教えてくださった。どこそこの浜辺に行って、そこの▲※というお店に行きなさい、そこで美味しい島豆腐、ユシ豆腐が食べられるから、そして、海がきれいだよ〜と〆られた。そうこうしている間に、今、座間味島慶良間諸島のひとつ)から帰ってきたばかりで、6時何分の飛行機に乗るから、30分で食べられる物を出してくださいという、全身日焼けしたカップルが飛び込んできて、本当にきれいな海だったと、島での興奮が再び湧き上がってきたようで、わたくしにも、是非、感動してきてくださいと、忙しく、出ていった。翌朝、窓からみる道路は雨で濡れていた。予報では曇り模様とあったけれど、どうやら、それ以下になりそうである。船の出る泊港に行くと、慶良間狙いの先客が大勢いて、皆、心なし浮かない顔にみえた。8月も後半だとはいえ、青い空、青い海を期待してきた人ばかりであるから、わたくしも含めて、心が浮くはずもない。切符もぎりのおにぃチャンも何となく申し訳なさそうな表情で乗船客を迎えていた。この船は島に住む人たちのアシでもあるから、十何人かは乗っていらした。(正確に数えたわけではないけれど)しかし、ほとんどは、わたくしと同じ系統にいる人たちで、そのまた、ほとんどは日帰り組、これまたわたくしと同類に立っている。(これは帰りの船で確認できた、行きと同じ顔をずいぶん見かけた)泊港を出て、かなりの時間、海を見ていたが、キレイではなかった。が、前方の島が手に届きそうになった頃、「変色」した。港の海でさえ、キレイと評して良い。乗船待合所の裏に郷土資料館があるとホテルでもらった観光パンフレットで知っていたので、回ってみた。土・日開館とあって、これは運が良い(訪島は日曜日)と思ったが、何故か開いていない。次の浜辺行きのバスは高速船の到着する1時間後、急いで戻り、浜辺のペンションが村に代わって運行しているバスに乗り、途中、山羊を見かけたり、思わぬ断崖を走ったりしながら、15分ばかりで阿波連(アハレン=先の山羊屋さんの発音ではアファレンと聞こえる)ビーチに着く。狭隘な道の先に共同の駐車場があって、そこへ次々に船から降りた客たちを運んでいく。もう、毎日、そういうことの繰り返しであるから、運転手さんも慣れているといえば、そうなのであろうが、一秒でも早く、お客さんをお目当ての浜にいかせてあげようと、バスとバスがぶつかりそうになりながら、お互い、それを避けて、また、譲り合って、車を治めている。そこに、沖縄のもつ特有の家族主義をもちだすのは乱暴かもしれないけれど、今の沖縄ブームの一端はココにあると思いながら、至極のビーチに向かった。
 ここで見た青は、わたくしのような腕では撮りきれない。水着も何ももっていないので、(海に飛び込みたいという)衝動に駆られながら、ジーンズの裾を膝まで上げるだけにして、海に進んだ。二度目は上半身の邪魔な着衣を浜辺に置いたまま、海を浴びた。広く、曇っていた空から、お陽様がここのビーチだけを射し、ここにいた皆が歓心を得て、はしゃぎ声もいっそう大きくなった。
 この海の色の深さは単に青というには単純すぎるけれど、仮に青という表現を用いるならば、ブルーモーメントが一瞬の美であるのに対し、この慶良間の海の青は失われることなく、永遠に存在していく、青の記念碑、ブルーモニュメントであり続けて欲しいと思いながら、帰りの船の中では目を閉じて、その青を瞼に、心に刻みつけながら、那覇に戻った。
 ずいぶん前のブログであるが、3月13日付「南を、東も」の中で「あまり南へ行こうという気にはならない。(南には悪いが)」と書いている。もちろん、訂正しなければいけない。しばらく、那覇周辺訪問雑記を続けたいと思う。
(滞在050818〜050822)
拙ブロ「南を、東も」です
http://hisada.blog3.fc2.com/index.php?q=%A5%BB%A5%A4%A5%B7%A5%A7%A5%EB
渡嘉敷島渡嘉敷村HPです]
http://www.vill.tokashiki.okinawa.jp/