翳と影

 日中(今昼)は南からの暑い陽射しを浴びながら等身大以上の影を確認しつつ、そして、彼に追(つ)いていきながら、最寄り駅まで向かった。冬の低い日射ならまだしも、この時季はとにかくいけない。影の方が、どうみても、わたくしより堂々としている。もっとも、四季を通じて、勝負は影に分があるのだけれど。今夜は新月で、お月様自身も翳となっている。帰りの途は、信号灯あるいは街路灯に照らされながら、わたくしより、少しだけ小振りの影をお伴にしてきた。そのお陰で、今がある。できれば、わたくしが影となり、影が、わたくしになればよいなどと、堕らしないことを考えている。来週は横浜に、そして鎌倉にも行くかもしれない。わたくしも、其処で、日華洋行(にっかようこう)の主人陳彩(ちんさい)のように、夢か現か区別のつかない影に怯えるているのだろうか。それも楽しみのひとつと、今から強がっておきたい。
芥川龍之介・影]青空文庫です
http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/64_15175.html