ブルーモーメント

 最近、凝っている件である。日没後のわずかな間、空が真っ青に化ける瞬間、それをブルーモーメントというらしい。北欧など北に行けば行くほど「きれい」に、「長く」見られるそうであるが、かの地に訪れたのは白夜の季節であったからなのか、わたくしは、全く見た記憶がない、単に空などに興味がなかったということかもしれない。日本では薄暮ともいうらしいが、少しイメージが違う。白夜にあわせて、青夜?、というほど長くないので、青瞬か?20日は大阪のホテルの部屋で眺めていた。しかし、ビルの照明が邪魔をして、なかなか上手く、見ることはかなわなかった。むしろ、ラッシュ時の空港に降り立っていく大小さまざまな航空機の灯の方が目立つばかりであった。翌夕は高知の空を見上げていた。もう、何杯も頂いて、美味しい肴もおなかに収めていたので、なおいっそうきれいに見えた。といっても、まさにモーメント、一瞬のことである。青というのは色彩学的にいえば、寒色系の親分のようなモノ、落ち着き、平静をもたらしてくれる色であるので、暑い夏に青瞬をみることは、存外良いことかもしれない。一方、ブルーモーメントをひきだしてくれる夕陽は赤、橙、黄であり、いわゆる暖色系に属し、情熱、少し間違えれば、暑苦しいことになろう。
 14世紀半ば中央アジアの覇権を握ったチムールは青が殊のほか好きであった。サマルカンドを訪ねると、グル・エミル廟やシャッーヒ・ジンダ霊廟など、漠とした砂上で、あの鮮烈なコバルトブルーに出逢うと、ホッとするのは、もしかしたら、色彩学上の効果なのだろうか。ブハラやヒヴァでも同じような環境のうえで、同じような青の爽快さを感じる。遠く丸屋根(ドーム)を眺めることはもとより、ぐっと近づいて、壁面に貼られたひとつひとつのタイルに目を凝らすと、その青さがなおいっそう、浮かびあがって、脳の中に刺すように飛び入ってくる。一様にイスラムあるいはアラブ世界では「青」というのは大切にされているという思い込みが、わたくしの中にはある。
 チムールの孫ウルグ・ベクは有能な天文学者でもあったというが、彼も、ブルーモーメントを見ていたのだろうか。そういう、妄想をいだきながら、連夜、空を眺めている。今夜も、そろそろ、その瞬間を迎える。