ツィナンダ〜リ

 黒海に面したグルジアという国は旧ソ連の中でも豊かな大地で、例えば、砂漠ばかりに囲まれたウズベキスタンの空港から、空を経由して近づくと、外界から密封された機内からでも、その恵まれた空気が感じられるほどである。
 グルジアからは、もっとも知られているところではスターリンが出ているが、ほかに、革命(あるいは未来派=フトゥリズム)詩人と呼ばれるウラジミール・マヤコフスキー、画家ニコ・ピロスマニ、詩人、歌い手、作家であるブラート・オクジャワ(母親はアルメニア系)、また、トビリシ生まれのアルメニア人で、火の馬、ざくろの色などの名作で知られる映画監督セルゲイ・パラジャーノフなどを輩出している。スターリンを除けば、いずれも、グルジア国民(アルメニア気質も含まれるが)のもつ紺碧の海の底を射貫くほどの思慮深さと、それと対比するような、ほとばしる情熱、まるで深海から噴出してくるマグマ然としたエネルギーを存分に発揮している天才ばかりだ。
 もう、誰が書いた話かも忘れてしまったが、少年時代に自宅(農家)にあった巨大なブドウ搾り機に驚いている自分の様子を描いている小説があったが、グルジアはワインの美味しい国であることでも有名である。カフカスコーカサス)山地(脈)の湧き水と南斜面の光(陽)という財(たから)で育ったブドウから産まれたワインの中でも、わたくしは、ツィナンダ〜リという白ワインに溺れてしまい、トビリシ滞在中、毎昼・夕食ごとにデカンタあるいはボトルで注文していた。グルジア東方正教会系のグルジア正教であるからメインディッシュもウズベックの羊系から牛系へと変わり、普段、牛肉系を滅多に食べない、わたくしも、牛フィレ肉を串に刺したグルジアシャシリクトルコ料理シシカバブのようなもの)を肴に、ジョージアンNO1(ジョージアンはグルジアの英語表記)とラベルに冠したツィナンダ〜リを堪能していた。このワインは単純に辛口といわれているが、初めの咽喉越しはすっきり、フルーティ、ブドウの味そのものが口の中に伝わるが、それでいて、ベタッとした甘みは感じられず、あとで、咽喉は「すっきり」から「きりり」と引きしまるので、おそらく、そこが辛口なんだろうか。先にあげたマやピ、オ、パの作品にふれたあとのような、まるでグルジアの国民性にも似た二面性をもったワインである。
 ロシヤの外貨ショップをベリョースカというが、その和訳をそのまま店名にした白樺というロシヤならびに旧ソ連各国の名産を小売している店舗があり、新橋駅前に本店、のちに、銀座通りに支店ができた。本店にはなかなか行くことはできなかったが、支店は仕事先が近いのを理由に、しばしば覗き、「ツ」を見つけるたびに、一本か二本仕入れてきた。しかし、あまり客も多く出入りしていそうでもなく、銀座の地価(⇒家賃)に耐えられなかったのか、いつの間にか退却してしまったので、しばらくは買うことも呑むこともできなかったが、意を決して(大げさであるが)、本店を訪ねたことがある。ところが、本店も商売をやっておらず、「御用の方は横浜の事務所…」と貼り紙があるだけで、人気もなかった。記憶では、もうソ連崩壊の後のような時期であったので、そういうことも事情の中にあったのか、何かの理由で閉めざるをえなかったのだろう。卑しい、わたくしは同じビルの1階にあるワインを売る店で探してみたりしたが、見つからず、以来、ワイン売り場と知ると、探してみたりするが、その、お姿を見かけることはない。
 ネットでツィナンダリと検索すると、いくつかの扱い業者があって、取り寄せもできることが分かったが、芋粥の五位ではないが、呑みたい呑みたいと思っているうちがハナだと、念じている反面、一年に一本ぐらいは良いかという、グルジア人の良き二面性とは全く異なった矛盾というニ面が、わたくしの心の中で、揺れている。

グルジアについての基礎知識はこちらでどうぞ(フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%82%B8%E3%82%A2