中洋(ちゅうよう)

 プリンスマルコは英国女王直属のスパイであるが、彼の相棒は、確か、クリサンテムといって、トルコ人か、イラン人か、記憶が定かではないが、とにかく、恰好の良い(実際には、お会いしたことがないので、あくまでも良さそうな)男のようである。
 確か、東洋、西洋というのと、同じ意味で「中洋」という表現があったように記憶している。以前のヨーロッパを、西欧、東欧、中欧と分けた程度のノリなのかもしれないが。東洋、西洋、中洋(こういう言い方があればだが)という区分は、大雑把に言えば、仏教系、キリスト系及びイスラム教系とくくることができるかもしれない。プリンスマルコはどう見ても、ブッディストとは思えない、少なくともクリスチャン系ではないかと想像する。ただし、他人様の宗教観は姿かたち、言動だけでは判断しかねるので、あくまでも、わたくしの想像の範囲ということになるのは仕方ない。記憶を辿ると、十字軍何とかという一話があったようにも思うので、おそらくは、違いないと思う。そして、相棒はどうもイスラム、つまりムスリムであるという、これまた、わたくしの推測ではある。
 それと言うのも、話に出てくるマルコとクリサンテム(実はこの名もあやふやでさえあるが)の会話に、生活価値観の違いを読み取れる部分が多く、おそらく、二人は、とりあえず、異なる宗教観を持っているのだろうなという・・・これも、わたくしの憶測に過ぎないかもしれない。
 さて、中洋の話。私も含めて日本というのは宗教に対しては堕らしがない国ではあるが、仏教(東洋)及びキリスト(基督)教については、比較的馴染みがあるのに対し、イスラム教については、前の二教に比べると、全く無知と言ってよい。(もちろん仏も基も、それほど知らないが)調べてみると、イスラム教徒は10億とも、13億とも言われるから、世界人口の15〜20%程度である。(世界人口もあやふやで60〜65億と仮定してであるが)意外にも、昨年暮れに大きなtsu-nami被害を出したインドネシアは世界最大のイスラム人口を有している。旧ソ連の人口はおよそ2億8千万人、そして、現ロシヤ共和国は1億5千万人、つまり半分近くがソ連から離脱し、それぞれ、新しい(というか元の)国を持ったわけであるが、一部を除くと、ほとんどがイスラム信者であった。
 私の乏しい経験の中でイスラムを最初に感じたのは、その離脱したうちの一国ウズベキスタンである。砂漠に囲まれたブハラの街、6月とはいえ、日中は暑く(熱く)、南人のわたくしにも耐え難いものであったが、日が落ちると、気温はぐっと下がり、寒くさえも感じられた。暗闇しか見えない、ホテルの屋上で、買ってきた安ワインを呑みながら、ぼおっとしていると、どこからか、コーランの音が・・・それが心地よく聴こえたのは、ワインだけのせいではないと思う。ああ、これがイスラム世界なんだなぁ、と、それこそ一人善がりも良いところだが、以来、わたくしの中ではイスラム世界はなんとも魅力的な感触として、漂っている。
 まさに、東でも西でもない、まん中世界、ただ、それは、あくまでも、気持ちの中の問題であり、現実論として、まん中を肯定しているわけでもない。東西南北、そして中、それぞれが問題を内包しながら、また、対立しあっている。そういうリアリティは別として、ただ、心の中で、中洋という世界を遠くから眺めているだけのことである。