おろろん(天売)・おんこ(焼尻)…?

 天売の船乗り場で焼尻に行く船を待つ間、港そばにあるお店で一杯やっていると、女将さんが、じゃぁ、民宿紹介してあげるよと、一本電話を入れてくれて、ここもいいけれど、あっちもいいよと、この二つの島は競い合っている様子はなく、やはり、わたくしが中学時代見た地図のとおり、寄り添っているのだなぁと、感じた。天売島が西側から北側にかけての断崖に代表されるタテの島とすれば、焼尻島は全く平坦なヨコの島である。大きさといい、形といい、よく似た二つの島は、日本海の厳しい条件下にあるという点では同じ境遇にあるが、その様子はまるで異なって見える。
 人口は天売島がわずかに多く、いずれも、一年に一人か二人、おそらく、若者が、島を出ていく分、減っている。
 ここ10年ほどか、高山植物への興味が高まり、例えば、同じ北海道の最北に近い利尻島礼文島は大いに賑わっているが、焼尻島も隠れた名所として、訪れる人も増えているらしい。ただし、わたくしのような人間には、どれを見ても同じ草花、下手をすれば雑草程度にしか映らないのだから、あまり意味がないし、もともと、ここを訪れるのに「ただ来たかった」以外の目的はなかったので、関係もない。(もっとも、高山植物の最盛期はわたくしが訪れた6月ではなく、7〜8月らしい)
 港に着くと、天売の女将さんに言われた港前の食堂のご主人にその旨を伝えると、聞いているよという風に、早速民宿に電話を入れてくれた。わたくしが、ぼぅっとしていたのだろう、そこで(店の椅子で座って)待っていて、と、主は言ったつもりだが、わたくしは、荷物を置かせてもらい、ちょっと、歩いていきますと、さっさと勝手に飛び出してしまった。
 今度は時計と反対周りに島を巡った。天売島と違い、比較的平らな島だから歩くのには楽だろうと思っていたが、日頃の運動不足は予想外に深刻で、一歩一歩の速度はあまりにも遅い感じがした。もっとも、早足で通り過ぎるのは勿体無いという感覚もあって、ひと風景ごとを、心に残しながら、ゆっくりと島を巡った。途中、自転車を駆っている観光客に出会ったりしながら、樹丈1メートルほどにしか育たないイチイの木の群生地にたどり着いた。地元ではオンコと呼ばれている横広のこの樹は日本海の寒風に曝されながら、その知恵でもって、(背丈は)低く、まるで人が背を丸めて、寒さを凌ぐような形でもって、しかし、しっかりと横に根づきながら北の孤島で存(ながら)えてきた。何本ものオンコが寄り添っている姿は、どんな環境下でも生きていけるよと、この厳しい島に生きる人々を励ましているようにも見える。
 人というのは自分が何処で生まれるかによって、その後の生きざまが大いに異なってくると思うが、仮に、わたくしがこの決して良いとはいえない環境下に生まれ、育ったら、どういう人間になっていたのか、想像の域を越えないにせよ、今のわたくしのようには決してなっていない、と、ぬるま湯育ちである自分を、ただただ、羞じる思いで、誰もいないオンコの杜に立ち竦んでいた。
 世界の南北問題というのは北=富、南=貧という仕組みをいうと思うが、生まれ育ちの南北問題というのも決して無視できない構造である。人は悲しいことがあると北をめざすというのは、100%事実ではないけれど、あながち外れていないとも言える。わたくしの、わずかな経験の中でも、逃避行は東でも西(これは若干ある)でも、南でもない。やはり、北であった。しかし、もともと北に生まれ育った人たちは一体何処に逃げれば良いのだろうかとという疑問もある。以前、そのようなことを北国生まれの人に聞いたことがあるが、「それでも、やはり北ではないだろうか」という答えが即座に返ってきた。わずかな距離、仮に宗谷岬で生まれた人も、たとえ1センチでも、悲しい時は北に移動する(逃げる)のかもしれない、そういう下らない妄想さえ抱いている。わたくしは、どちらかというと南国生れであり、そのせいか、やはり、ぼわっ〜としているのかもしれない。小さい頃から、雪だの、嵐だの、そういう苦しみを知らずに、ただ、生温い田舎の畦道を通学していただけの人間と、積雪によってタンボとも区別のつかない道なき道を、吹きつける雪、嵐に、まだ成長し尽くしていない小さな身体が行く手を阻まれ、泣きながら通う北国のこどもでは、もう、その時点で「出来」が違うと思わざるを得ない。………
 この島で飼われている緬羊の牧場まで来ると、もう島も一周近く廻ったことになる。港へ戻る手前に立派な建物を見つけた。それは郷土資料館であり、明治時代に焼尻島に渡ってきた小納(こな)家
の屋敷跡である。小納家について調べていたら、『明治期の天売沖二大漁船遭難事件』(小納 正次 著)というのを発見して、版元に注文しようと思っている。したがって、小納家と焼尻島の関わりについては、それが届いてから、また、考えようと思う。
 その他、『焼尻の歴史&続 焼尻の歴史』『ダモイに終った私の青春』『焼尻島残影』の3作品も取り寄せたい。

版元の中西出版
http://www.mmjp.or.jp/owl/jihi/index.html