朝鮮通信使は1607(慶長12)年 から1811( 文化8)年に至る計12回渡ったとされる(2回目は大坂まで、12回目は対馬まで).。つまり、江戸開闢以降のことである。通信使の順路は大陸(半島)を発ち、対馬、玄海、関門を経て、瀬戸内へと航(す…
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