ブダペスト三部作

 ハンガリー(マジャル)共和国の首都ブダペスト(ブダペシュト)は代表的な双子都市(ツインシティズ)で、ドナウ川を挟んだブダとペシュトが「逢わさって」できた町である。他に合衆国ミネソタ州ミネアポリスセントポールも有名で、当地にあるメジャー球団の名はミネソタ・ツインズ。日本では群馬県の前橋と高崎がそれに近いといえる。また、福岡市の福岡部と博多部もその成り立ちからすると立派な双子である。
 ブダペストはまことに美しい街であり、わたくしが漁夫の砦でその景観に見惚れていたのが87年、それから半世紀ほど前に、この地に渡ったのが標題の三部作を著した徳永康元氏である。「ブダベストの古本屋」(82年、恒文社)、「ブダペスト回想」(89年、恒文社)はいずれも、わたくしがブダペストが忘れられない当時に偶然知った書であり、「ブダペスト物」の希少な当時、自らの旅行体験とあわせ、興味深く読んだものである。それから、20年近く、2冊は拙宅の書棚にひっそりと置かれていたのであるが、「ブダペスト日記」(04年、新宿書房)が出たということを、行きつけの呑み屋で、たまたま、いらしていた同書の編集者の方から聞いて、翌日、早速書店で買い求めた。残念ながら徳永氏は03年に亡くなられたということである。
 著書の中に「古本漁りはパフォーマンス」という山口昌男さんとの語りがあり、氏の漁りぶりに改めて驚きを感じた。詳細は現物を手にして頂きたいと思うけれど、「鈍行列車に乗って、各駅停車して、歩くのが好き」と仰られているところなど、その行動力に対して、敬意を表すのは必然として、一駅降りるたびに、掘り出し物はないかと胸躍らして、小走りに古書店へ向かう姿を想像すると、大変失礼なことではあるが、親しみを通り越して、滑稽ささえ覚える。
 ブダペスト日記の巻頭に氏のお写真があるが、右手にはしっかりと手提げ袋が握られており、いかにも(獲物を)獲たりという顔の表情がほほ笑ましい。
 氏も言われているが、近頃は地方都市から古書店がすっかり姿を消し、東京でも神田か早稲田界隈ぐらいしか思い当たらないほど、寂れてしまった。かわりに新手のチェーン店などが現われたとはいえ、漁るほどではないので、氏もさぞかし気落ちするだろうなと思うのは間違いで、おそらく、古書の看板と見れば、隈なく、覘いていたのであろう。(と、勝手な想像でしかないが)
 死ぬ二、三日前まで古書を買っていた御仁もいるそうで、却って、その方が呆けないのだろうという徳永氏のお言葉に従って、久しぶりに古書店廻りでもしてみようかと思う。