拙作ブログのプロフィールにあるのは夫婦梅という一つの花から二つの実をならせ、しかも主に観賞用のため、写真のような真っ赤な花の輪で、魅せてくれる。残念ながら、その実は梅干用には向いていないので、砂糖漬けや焼酎漬けで食すことになる。
 10年ぐらい前からか、わたくしも梅干づくりを始めた。ビギナーズ・ラックというのか、料理本を見ながらの、第一号は殊の外評判が良く、我ながら、梅干職人になった思いであった。それから、毎年、梅を近所から頂いて、勤しんでいたが、ある年、どういう加減か、カビを生やしてしまった。同年、ごく近い人を失ったことから、梅にカビが生えたら身内に不幸がある、という言い伝えは本当なんだなぁと、翌年は怖くて、梅を漬けることはできなかった。悪いことに、それから何年かして、再度、同じような不幸に遭い、もう梅干には手を出さないと決めたが、昨年手を出し、これは成功した。今、思うに、減塩志向が言われる中、梅を漬ける際に塩が少なすぎる傾向にあったと反省し、昨年は、料理本通りの塩梅としたことが良かったのだと思う。
 19日に沈んでいた酒場で花見の話が出た。恒例の谷中墓地での集まりが昨年途絶えたので、今年は必ず開きましょうという、要するに呑む機会を一回増やす魂胆だけなのであるが、その際、わたくしは花見は嫌いで、その会にも一度も顔を見せたことがないと言うと、怪訝な(意外な)顔をされた。やはり、花といえば櫻なのだろうか。わたくしは梅の方がずっと愛らしくて、可憐に思えるのだが。
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 西行も花(櫻)がお好きなようで、「ねがはくは花のもとにて春死なむ そのきさらぎの望月の頃」は、自ら、その歌のとおりに果てたことでも有名であるが、梅を詠んだ例は少ないように思う。

「香を求む人をこそ待て山里は 垣根の梅の散らぬかぎりは」

 独り、修行に没入し、現世への想いを絶とうとした西行のような人でも、俗世への未練はあったのだろうから、わたくしのような俗人には、垣根の梅を見て、赤紫蘇の出回る梅雨時を待つことしか、到底できないのであろう。
 ただ、もう、この先、梅干には、やはり手を出さないと改めて、心の奥で念じている。